赤城山御神水の献上について
赤城山の「あかぎ」の名称の由来についてはいろいろ言われているところであるが、あかは色彩の赤色ではなく水をいう説が有力である。 古い地名のあかは水に関係している、仏語の閼伽(あか)よりきたもので、平安朝においても宮廷語で天皇にさし上げる水を「あか」といい、源氏物語の中においてもあかといわれている。
また、「あかおけ」とは天皇にさし上げる浄水を入れる「おけ」をいう、なお「あかる」はその浄水の井戸を称している。
中国よりきた言葉で仏(ほとけ)や貴賓に献上する水のことを、特に「あか」といわれたらしい。
和名妙という本においても「あか」は浄水、功徳水(くどくすい)として漢より伝わったものとされている。
新古今集の中に「朝ごとのあかゐの水に年くれて」という言葉がある。
佐野市の赤見(あかみ)も、弘法大師か発見した功徳水か出ているところがのちの世に「あかみ」という地名に変ったようてある。
川の源流には、赤倉(あかくら)といわれる地名が多く、赤堀(あかぼり)も水に関係している地名と思われる。
赤城の「あか」も仏や貴賓に献上する功徳水が多く湧出したところで、城(ぎ)は「かこい」「さく」または器(うつわ)を意味し、
功徳水の器という意味であかぎといわれ、後年、赤城になったかも知れない。
仏前に供える水棚も「あかだな」といわれている。よって、昔よりいい伝えられ皇族に献上されたというゆえんである。
佐羽家に於いて故飯村侍従より (説明板から)