
つるがじょう





福島県会津若松市追手町 【ふくしまけん あいづわかまつし おうてまち】





若松城(鶴ケ城)跡
南北朝の頃、葦名氏によって築かれた黒川城は、文禄元年(一五九二年)蒲生氏郷によって七層の天守閣を築き、城郭は甲州流の縄張りを用いて整備し黒川の名を若松と改め、城の名を鶴ケ城と命名した。
寛永十六年(一六三九年)加藤明成は七層の天守を五層とし、北馬出、西馬出を北出丸、西出丸に改築し現在の形態となった。
昭和九年(一九三四年)十二月若松城跡として文部省の史跡指定を受けた。(説明板から)

